思い入れ[2007年07月24日(火)]
先週日本人患者のユミコさん(仮名)が亡くなった。彼女はカナダで日系2世として生まれたが、第二次世界大戦中の強制収容後、2歳の時に家族で日本へ行き、18歳の時にカナダへ戻ってきた。日系2世のご主人と結婚して、2人の子供を生んだ。初めて会った時、日本語と英語どちらで話したいですか?と尋ねると”日本語でお願いします”とユミコさん。ご主人も子供も日本語は片言しか話せないので、ユミコさんへの説明は日本語でまずして、次に家族のために英語でしていた。
ユミコさんは”日本語も英語もどっちつかずなの〜恥ずかしいわ”とよく言われていたが、私よりずっと流暢な日本語を話していた。死期が近くなって、あなたの勤務の時に死にたいわと言うのが口癖だった。もうガンとは十分に戦ったし、思い残すことはないのにどうしてまだ生きているのかしらとやさしく微笑むユミコさん。とても美しくて上品な方だった。
FinalHourという質問を患者にする。最後の時間をどういう風に過ごしたいか?という質問。例えば私は自宅の寝室でで旦那と3人の子供達に囲まれて死にたいと思っている。できれば春がいい。庭にはたくさんの花が咲いていてそれが寝室から見えるからと思っている。ホスピスではこのFinalHourで得た情報を可能な限り実現させることを目標にしている。
ユミコさんは”家族全員に囲まれて、パパのが死んだ時のように苦しまずに静かに眠るように死にたいわ”と言っていた。ユミコさんの状態が悪くなってきたので、ユミコさんの希望をかなえるために家族は夜もホスピスで泊まるようになった。私のセット勤務の最終日、朦朧とした意識の中ユミコさんは”次の勤務いつ?”と聞いてきた。5日休んでまた4日ですよと言うと、意識が落ちていったユミコさん。こんな状況で5日間は待てないだろうと、家族の誰もが今日がその日だと思った。
その夜ユミコさんが急にベッドから起き上がろうとするので家族があわてて私を呼びにきた。行って見ると不穏でもなく、質問することに首を振って答えるユミコさん。そしたら私の肩越しに指を指す彼女。ドアを指差している”誰か見えるんですか?”うなずく彼女。”どなたか知っている方ですか”うなずき”迎えに来てくれたの”と言う。私も家族もびっくりした顔で見合わせた。私は”良かったですね。彼らと一緒に行ってもいいですよ”というとにっこり笑ってベッドに横になったユミコさん。
私は内心、ファイナルギフトにに書いてあるような経験だ〜と鳥肌が立つような思いと神聖な場所に居合わせてもらっている感謝の気持ちが湧いてきた。きっと今夜ユミコさんは旅たつだろうと確信した。私の勤務の時に死にたいとまで思ってくださって、その上お迎えが来ていることまで共有してくださって、看護をしてきて良かったと思うと同時に、これはネタになると思ってしまった。
自分の休憩に行く時間が来て、(仮眠をするので)同僚にはなにかあったら起こしてねと伝えたが、きっとユミコさんは逝っちゃて起こされてしまうんだろうな、休憩が終わったときに死んでくれたらしっかり眠れるのにと一瞬思ってしまった。こんな不謹慎なことを考えるのは今日は2度目!と自分に腹が立った。ユミコさんは私に関係なく時が来たら亡くなるのと言い聞かせ休憩に行った。朝が来ても彼女は亡くならなかった。
5日休み明けで戻った時ユミコさんはまだ生きていた。家族は交代で昼夜通してベッドサイドに居たのでとても疲れているようだ。スタッフ全員”何が彼女を引き止めているのかね〜”と話していた。家族は私をみて”ようやく戻ってきてくれたこれでママは死ねるよ、あなたが休み中にどれだけ電話して来てもらおうかと思ったくらいだったよ”と。複雑な気持ちだった。光栄的な気持ちをもてばもつほど、これは絶対ネタになると思ってしまうからだ。
家族はとても疲れていた。HanaさんのBlogで書いてあるように、臨終の時を見極めるのは難しいし、長引いたときの家族の疲労は計り知れない。もしかしたら、ユミコさんはFinal Hourで決めたことを変更したのかと思ったが、娘さんは2度も確かめてユミコさんにはっきりそばにいて頂戴と言われたそうだ。
2日目の日勤の時、家族の許可を得て、ベッドサイドに座ってホリスティックなアプローチ(これについて書くと長くなるので省略)でユミコさんと会話を試んでみた。さよならを言いたかった。人生の先輩として、美しい日本人女性について教わった感謝を伝えたかった。何かがユミコさんの旅立ちを阻んでいるならそれをみつけたいという思いもあった。話を終えるとユミコさんの顔がむずむずと動いて何かが放れていくようなものが見えた。”あ!ユミコさん逝っちゃう!”と思った。不思議なパワーを感じて寒気がした。それと同時にこの経験はネタになる!?と不謹慎に思ってしまった。そうしたら、その放れてそうだったものがす〜っとユミコさんの体の中に戻っていた。
頭を振りながら病室を出て行き、”私は看護師であって、物書きではない。全く何を考えているのやら”と自分にあきれた。フランク ロイド ライトが”家をデザインする時、売ることを考えていたら、いい家のデザインはできない。純粋な気持ちがお金などで穢されるからだ”と言っていた。自分のことと重なった。私は死に逝く人のケアがしたいと思いホスピスで働いている看護師だ。本を売るためにネタを探している物書きではない。私の純粋な看護をしたい気持ちがBlogのために穢されている。死に逝く人たちはとてもオープンで敏感だ。ユミコさんの旅立ちははこんな私に邪魔されたのかもしれない。
ユミコさんは翌日の朝方独りで亡くなった。家族は疲労が重なり夜勤のアナ(仮名)に一晩ゆっくり自宅で眠るように言われたからだ。私が採取したFinalHourの情報とは全く違ったエンディング。よくある話だ。しかし、今回は私の驕った気持ちをユミコさんが戒めてくれたのだと思いたくなるような経験だった。
Posted at 07:28 | ホスピスケア | この記事のURL | Clip!! | コメント(3) | トラックバック(0)

とても正直なコメントありがとうございます。
「情報」はネタではなく、自分の所有物でもなく、分かち合うものであって、最終的な情報交換の目的はすべて患者とその家族達のwell-beingにあるのだという事を日々実感しています。>
私も同感です。英語ではこのようなことは書かないくせに、日本語だから患者家族に気づかれずに、できるという点をを利用していますよね、私。しばらく考えてみます。ありがとうございました。
BlogはたかがBlogですから>そうですよね。私調子に乗っていたかも、、、。暖かい言葉をありがとうございます。
Posted by:Missy at 2007年08月15日(水) 05:36